リボンの会の25周年記念医療講演会 へ行く2019年09月15日 10時14分55秒

今は運営スタッフから外れているので気楽に参加し最新情報を仕入れ懐かしい方々とお会いして旧交を温めてきた。

楽しくも有意義なひとときだった。

とにかく平成は血液疾患治療の革新目覚ましい時代だった。

グリベックのような分子標的薬や各種抗体薬などの新薬の開発もさることながら移植の技術や支持療法も飛躍的に改善した。

しかしざっくり言うと未だに半分くらいは死ぬ病気なのだ。

昭和はほとんど死ぬ、平成は半分くらい死ぬ、令和には8割以上治る病気になっていってもらいたい。

そういう風に思える講演会だった。

講演会終了後の記念祝賀会でノバルティスファーマの方と同席し色々話すうちにショッキングなことがわかった。

あのALL患者の福音と思われたキムリアね。

もちろん初発に使えないのは知ってたけど再発難治性でも適応年齢が25歳以下なんだって!!

それと効かない人もいて今のところグリベックのような高い奏効率はないらしい。

今後適応年齢は変わることもあるらしいけれどちょっと思ってた感じとは違っていて考え込む私。

結局は息子は再々発しなければいいんですよね!その方と頷きあったのだがそれじゃ製薬会社は儲からない訳で(^_^;)

仕事とは無関係に患者家族の思いに共感してくれた気持ちのいい人だったな(*^^)v

リボンの会の25周年記念医療講演会2019年08月01日 08時44分31秒

リボンの会講演会
リボンの会が25周年を迎えた。
ひと口に25年といっても紆余曲折があった。

私が運営委員として関わったのは10周年から20周年くらいまでか。
代表は宮地里江さんでずっと変わらないが様々なスタッフが関わり去って行った。

しかしやり続けるという事が一番大切なこと。
日々新しい患者、患者家族が生まれて来るから。
時代が変わってどれだけインターネットで情報が得られるようになっても面と向き合って人と繋がることが重要なのだ。

この5年は息子以外の家族に色々なことが起こり運営委員からは退いたが、気持ちはずっと応援している。

今回の講演会のテーマはAYA世代の血液疾患なので息子もぜひ聞きたいと言っている。
虎の門から谷口先生も来られるので久しぶりに私も行く予定である。

息子も再発なく過ごしているが人生を目いっぱい謳歌しているかというと程遠い。
しかし同時期に治療していて亡くなっていった患者さんの無念を思うと贅沢は言ってられない。

その息子、ようやく痛みは引き肋骨は繋がったがテニスをするまでには至らない。
仕事も趣味も健康な人の半分くらいしか出来ないがそれでも上等。生きてるだけで丸儲けだ(*^^)v

未来プロジェクト2016に参加する2016年08月28日 23時05分46秒

8月末で退院して丸3年が経つ。

患者仲間のCYさんに誘ってもらって昨年も参加したNPO法人ハッピーマンマの未来プロジェクトに、今年は息子が一人で参加してきた。

未来プロジェクトについてはこちら↓をご参照あれ
http://www.congre.co.jp/happymamma/history_mirai.html

今年も医療を志す若い学生さんたちに体験を語り、質問に答え、一緒に飲んで、自分も何らかのパワーをもらって帰ってきた。CYさんは自身の新たな闘病中にも関わらず、今年も参加されていて頭が下がる。

昨年は移植の記憶を失くしているのが不安で、私に付き添いを頼んで来たが、今年はもう要領が飲みこめたので原稿片手に一人で参加してきた。

こうやって一歩ずつ親離れして、自分の世界を広げていって欲しいものだ。

仕事の方も上司にそろそろ長時間勤務のパートへ変わりたいとの希望を伝えて来たらしい。今の店舗ではポストに空きがないので、どこかへ異動になるかもしれないとのこと。しかしすぐに正社員には戻るつもりはないので、自宅から通える所という条件を聞いてもらえそうだ。

正社員なら全国どこにでも異動の可能性があるので、通院などの面で支障が出る。体力的にも相当ハードなので生活のサポートをしてくれる人がいなければ無理をして、以前のように再発する可能性が高くなる。

ま、のんびり段階を踏んで、まずは長時間勤務に慣れればいい。厚生年金も社会保険も付くようになるので、今までよりはちょっと安心かな。

移植後3年、復職して2年、のんびりやのマイペースな息子だが少しずつ色んなことに挑戦し始めている。おかげで母も色んなことに挑戦する時間が増え、自分の人生を楽しめているよ。

リボンの会夏の交流会に行ってきました!2016年07月17日 16時12分45秒

7月16日(土)ほぼ1年ぶりに交流会に参加してきた。思えばこの1年は息子の大腿骨頭壊死の発症や母のリンパ腫再発などで目まぐるしく過ぎてしまったんだなぁ。

今回は参加者が多くスタッフ込みで50名近くにもなり、会議室は2つ繋げてもバンバン。事前の告知で体験発表が悪性リンパ腫の患者さんだった為、特にリンパ腫の患者さんが多くグループ分けにも大変苦労した。

個人的トピックスは息子が患者として初めて参加したこと。私がスタッフの打ち合わせで早めに家を出る準備をしていると、息子が「オレも後からいくよ~。」と声をかけてきた。仕事のある日だがギリギリまで出て出勤するらしい。

母と一緒の会で恥ずかしくないんかな~と思ったが、本人は平気なので私も知らんぷりしてたら、別のグループで楽しそうに「移植あるある」で盛り上がっていた。

移植後3年たち、体調が良くなると共に精神的にも色々吹っ切れたのかな?近頃何事にも意欲的である。昨年8月に体験発表をした未来プロジェクトに今年も参加するらしい。もう自信がついただろうから今年は母は付き添わないよ。ひとりで行ってね(^O^)/

久しぶりの交流会で懐かしい顔ぶれから声をかけられるのは嬉しいものだ。もうリボンの会のHPからリンクしていないにも関わらず、「ブログいつも見てるよ。」と言ってもらえて、いつも誰かが気にかけて下さっていると思うと力になる。

私の入ったグループは家族の集まりだったが、患者の退院後のサポートについて、少し先を行っている方から食事や衛生面でのアドバイスをしてもらったりして和やかに進められた。

厳しい制限をいつ止めていいのかは個人差もあり難しいところだが、アドバイスを基に少しずつ緩めていってもいいのではないかと思う。医療者とは違う目線でのアドバイスが出来る点で、患者会は役に立ってるんじゃないかと自画自賛(^v^)

自分も苦しい時先輩たちに助けてもらった。講演会で勉強したことは役に立って欲しくなかったが、再発した時とても役にたった。どんなことでも前を向いてやって来たことに無駄はひとつもないと思う。

リボンの会とは以前のように緊密な関わり方ではないが、ゆる~くてもずっと関わっていきたいと思っている。

おれんじの会市民公開講座へ行ってきました!2015年10月05日 15時59分19秒

10月4日、山口のNPO法人おれんじの会主催の市民公開講座が下関で開催されましたので参加して来ました。

おれんじの会は山口県特発性大腿骨頭壊死症友の会です。
http://blog.canpan.info/orange083/

テーマは「股関節の病気と歩行障害」で講師は山口大学整形外科の今釜崇先生でした。大変丁寧でわかりやすく、股関節のしくみから始まり、色々な病気と治療法、最後はロコモティブシンドロームまで幅広く話して頂きました。

特発性大腿骨頭壊死症(ION)の基本的な知識を夫に理解してもらうのには、うってつけの内容でした。息子と私は整形外科のI先生の診察時に色々な説明を受けていましたが、夫は同席していないので色んな事がまだよく理解出来ていなかったからです。

また医療講演会では、耳から聞く専門用語がわかりにくいという事がちょくちょくありますが、今回は「要約筆記下関」の人たちの協力で、内容がリアルタイムで前方のプロジェクターに表記されて大変理解しやすかったです。

これは耳の不自由な人だけでなく、誰にとっても親切で優しいサービスだと感心しました。いつかリボンの会でも出来るといいなと思いました。

講演後の質疑応答で、人工関節術を受けられた方の悩みがわかったことも収穫でした。今まで、私は手術までのことを主体に考えてきましたが、その後の生活のことも視野に入れなければと気づきました。

代表の渡辺さんは自身も難病を2つ抱える患者でありながら、現役の整形外科医であり、患者会活動も精力的にこなすパワフルな方です。私たち夫婦も講師の今釜先生や渡辺さんから、親身なアドバイスやパワーをたくさんもらって帰りました。

帰り道夕陽を見ながら渡る関門海峡はとても綺麗でした。下関まで行って本当に良かったです。

リボンの会の医療講演会&交流会が開かれました!2015年09月20日 10時48分26秒

9月19日(土)浜の町病院で医療講演会&交流会を開催しました。晴天のシルバーウィーク初日という絶好の行楽日和にも関わらず(笑)40名近くの参加がありました。

たとえひとりでも聴きたい方がいる限りは開く意味があると思っているので人数の多少は関係ないんですけど、これくらいの人数だと運営もスムーズだし交流会も話易い雰囲気で良かったです。

久々の衛藤先生のお話はハプロ移植の他、新着情報満載で盛りだくさんでした。とても難解な内容だったので頭がついていってないところもありましたが、ALL(急性リンパ性白血病)に関する新治療法(CAR-T)があり、明るい気持ちになりました。

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●CAR-T細胞療法

養子免疫療法である。

①患者からリンパ球を取り出す。
②体外でT細胞リンパ球にCAR(キメラ抗原受容体)を用いて遺伝子改変を行い、大量に増幅する。
③再び患者さんへ戻す。

CARで改変されたT細胞をCAR-T細胞と呼ぶ。
体内へ戻されたCAR-T細胞はがん細胞の表面に発現している抗原を効率的に認識し傷害する。

●CAR-T細胞の働き

体内にあるほとんどのT細胞はがん細胞を傷害することができないので、がん細胞は増殖してしまう。それに対し、CARを遺伝子導入されたT細胞(CAR-T細胞)は、がん細胞を傷害することができる。

CARが相手の細胞表面にある特定の「抗原」とよばれる部分(緑の部分)にくっついて、T細胞に『がんを攻撃しろ』と命令を出すことができるからである。

例えばCD19抗原を認識するCARを遺伝子導入されたCAR-T細胞は、CD19を細胞の表面に出している細胞を特異的に傷害する。

再発・難治性のCLL(慢性リンパ性白血病)やALLに効果が期待出来る。

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ざっとこんな感じです。難しいけど、移植とは全く違う形の免疫療法だということは理解できますよね?万が一、再々発したら息子に間に合うかもと思い真剣に聞き入りました。

残念ながらまだ治験レベルなので標準治療として確立されている訳ではありませんが、大いに期待できる感じがします。

その他の講演の内容はリボンの会の会報やHPに掲載されると思いますので、そちらをご覧ください。

交流会については、私は家族グループ担当でしたので、他のグループのことはわかりませんが、ほどよい人数でしたのでじっくりとよいお話が聞けたと思います。

どなたも今まさしく治療の最中にいる患者家族の方々で、ひとつでも何か有益な情報を得ようと必死なのが伝わって来ました。

私も出来るだけたくさんの人に喋って帰ってもらおうと司会をしたつもりでしたが、ついついアドバイスをしたくなって困ります。毎回反省していますが、「そういう話が聞きたかったんです。」と言われた方もいらしたので、まあ良しとしましょうか。

傾聴は難しいものです。

リボンの会交流会へ行ってきました!2015年06月28日 11時13分06秒

昨日、浜の町病院でリボンの会の交流会(定例会改め)が開かれました。雨にも関わらず40名近くの参加があり、会議室を2つ繋げてもぎゅうぎゅう詰めです。

今回は体験発表が悪性リンパ腫の患者さんだという事を事前に会報でお知らせしていた為、リンパ腫の方の参加が多かったです。

簡単な自己紹介の後、体験発表がありました。悪性リンパ腫の方は自家移植が多いのですが、こちらは再発を繰り返され骨髄移植をされました。

もちろん移植の経験談も貴重だったのですが、途中うつになられた経験から色々アドバイスを頂き勉強になりました。

うつは程度の差こそあれ血液疾患患者の多くの方が経験されています。

うつの患者にとって一番大切なことは夜に眠ることだそうです。そのためには薬を適切に使うことも必要です。

夜眠らないでいるとろくな事は考えないそうでどんどん思考が負のスパイラル陥り、死にたくなるし、治療も受けたくなくなるそうです。

彼女はそんな時TVは逆効果でラジオを聴いていたといいます。特にNHK第一のラジオ深夜便のファンで自分以外にも200万のリスナーがいることで安心し、気持ちが落ち着いたそうです。眠れない夜のオススメです。

また家族や親しい人には心配かけるから弱音を吐けないので、第三者に聞いてもらうとよいという点で、精神科や心療内科の受診は必須だそうです。

他の患者さんからも聞いたのですが、血液内科医のドクターショッピングは決して薦めないが、精神科医に限っては出来るだけたくさんの医師と会って自分に合うドクターを見つけるのがオススメだそうです。

そして一番嫌な言葉は励まし、気合い、アドバイスで、特に信頼している人からの頑張ってコールほど辛いものはないと言われました。自分でも分かっていて、でもやれない事をダメ押しされるとどうしようもなく落ち込むそうです。

逆に嬉しいのは何気ない世間話で、うつでも人と会いたくない喋りたくない訳ではないので、取りとめもない話が気分転換になるそうです。

血液疾患の宣告を受けると誰でも自分が世界で一番不幸だと思い込みがちですが、世の中には色々な人がいて、他人の痛みや苦しみはなかなか表からはわからないものだと思います。

最近NHKの朝のニュースの締めくくりに、アナウンサーがひと言添えられるのにお気づきですか?

その中で彼女が好きなのは「今日も何かいい事がありますように!」で逆に嫌なのは「今日も一日張り切ってまいりましょう!」だそうです。

うつに限らず、長く闘病されている患者さんと接する時に参考になる例え話でなるほどと感心しました。

交流会は、その後質問用紙に衛藤先生が回答される形で対話形式のやりとりがあり、疾患別にグループに分かれての交流会がありました。

いつもながら交流会は活発な話し合いがあり、時間が足りな~いといった感じでした。帰るまでに一言は発言して帰ってもらいたい気持ちでいっぱいです。

運営スタッフとして嬉しいのは、最初家族がリボンの会とのかかわりを持ってくださり、その後患者さん本人が元気になって会に出てきてくださるパターンです。

今回は2組もそういう方がいらして心から良かったと思いました。苦しい時は支えてもらい、今度は自分が支える側へと、繰り返し回っていくのが患者会の素晴らしい点だと思います。

元気隊がんサロン特別講座に行ってきました!2015年05月18日 19時50分44秒

がん・バッテン・元気隊ってご存知ですか?

福岡のがん患者団体を結ぶネットワークの名称で、波多江伸子さんという方が代表をされています。

私もきちんと説明できないので詳しくはこちらをご覧ください。
http://www.fcsc.jp/top_1.html

主な活動はピアサポーターの育成とがんサロンの開催です。
http://www.fcsc.jp/page1_salon.html

今回は定例のがんサロンではなく、特別講座でテーマが「がん患者が作るエンディングノート」でしたので興味があり昨日行って来ました。

私は白血病の息子の母なのですが、同時に悪性リンパ腫の母を持つ娘でもあるのです。

今回はむしろ母のために娘として聞いておきたい気持ちが大きく、参加しました。

現在84歳の母は5年前胃悪性リンパ腫にかかり、移植以外の治療のフルコース(抗がん剤・放射線・外科手術)を受け、8ヶ月の入院を経て自宅に戻りました。

この5年は再発なく過ごしましたが、年齢的にいっても自分の終焉のことを考えてもおかしくはありません。だから退院後すぐにエンディングノートを手渡し、希望を書き残してもらいたいと言いました。

母は色んなことにこだわりが強く、自分の意に染まない送り方はして欲しくないというタイプですので、すぐに書いてくれると思ったのですが、空白のままです。

最近が父(がん患者ではない)が生死の境をさまよった後、ふと訪れた静寂の時間になぜか意識がクリアになり、自分の最後はこうして欲しいとはっきりと口にしました。

家族が揃っていたので葬儀やお墓の話、気になっていることをみんなで話すことが出来ました。普段は認知症もあり意思の疎通の難しい父なのですが、この時は妙にはっきりと自分の気持ちが言えたのです。

話し終わるととても幸せな人生だった、何も心配ごとはないといい、私たちもいい時間を共有できた思いました。結局父はその後快復し退院することが出来たのですが...(笑)

皆がこのようにざっくばらんに話すことが出来ればいいのですが、そうもいかない人も多いでしょう。そのためにエンディングノートは良いツールになってくれると思います。

FPでがんサバイバーの講師の方は、法的拘束力はないにしても、家族の信頼関係が築かれていれば、とんでもない望みでない限り、遺志は尊重されると思うと仰ってました。

ただ、財産がいっぱいあって、人間関係がややこしそうなお家の方は公証役場で公正人による公正証書遺言を作成された方がいいとのことでした。

次に話された波多江先生のお話は、がん患者ならではの終末の考え方を本音で語られたので、ものすごく参考になりました。

母が再発したら、まずは治療を受けさせるが、どこでそれを止める決断をするのか、最後の場所はどこで迎えたいのか、など具体的に考えておくことは必要だと感じました。

がんは突然最期を迎える訳ではないので考える時間は十分あると先生は仰いました。延命治療の拒否や緩和ケアのことも、日ごろから家族に自分の意向を十分に根回ししておくことも大切だとも。

サンプルで頂いたエンディングノートを基に母とゆっくり話してみたいと思いました。

健康な普通の方が受講されたらちょっと引いてしまうようなシビアな内容でしたが、がんサバイバーならではアドバイスだからでしょうか?先生のお人柄でしょうか?私はまさしくこういう話が聞きたかったのだと素直に思いました。

運営委員会&定例会が開かれました!2015年02月08日 09時57分50秒

昨日、2015年初の定例会が浜の町病院の研修室で13時30分より開催され、約30名の方が参加されました。

それに先立ち運営委員会も開かれ、20周年事業の反省や懸案事項を話し合いました。

なかなか即決できない事の多い中、ひとつ決定したのが、定例会の名称変更です。名前のとおり定例化したいという要望は諸事情により叶えられなかったため、名称を実態に合わせて「交流会」とすることになりました。

今まで定例会の呼び方に???と思っていた方も多いのではないでしょうか?管理人が入会した当時からすでにこの名称は使われており、私も不思議に思っていました。

と言う訳で今後は会報やHPにも「交流会のお知らせ」となって掲載されます。中身は変わらないのでご安心を(^O^)/

さて今回の交流会(定例会)の体験発表はTさんでした。Tさんは成人T細胞白血病(ATL)の患者さんで骨髄バンクから移植をされました。

ATLは九州には多い白血病で、ウイルスに感染している母親から母乳を介して赤ちゃんの時感染し、50年近くの潜伏期間を経て発症します。白血病の中でも原因がウイルスと特定できる病気です。

しかしキャリアのまま人生を終え発症しない人も多く、発症率はキャリアのうち5%くらいだと言われています。

Tさんはキャリアの時代に自身がお姉さんのドナーにもなっておられ、発症してからは骨髄バンクから移植を受けと様々な経験をされました。

辛いことも多かったでしょうが、病気になってフツーの幸せをより深く感じるようになった事は良かったと言われていました。食べる物がこんなに美味しく、見る景色がこんなに美しく、家族との旅行がこんなに楽しいものかと、つくづく感じるようになった、とのことでした。

この体験発表をもとに色んな質問が寄せられ、衛藤先生や臨床心理士の辻(吉住)先生に答えて頂きました。

その後グループに分かれて、少人数で自分の気持ちを話したり人の話を聞いたりしながら交流をしました。最後に話し合われた内容を代表の方に簡単に話して頂き、全体の様子を知ることが出来ました。

管理人はもう何十回と定例会に参加して来ましたが、新しい患者家族の方がいない回はありません。新しい方が来られる限り、それを受け止める場は必要だと感じます。

衛藤先生も最後にそういった感想を仰ったので嬉しかったし、とても心強く思いました。

20周年記念医療講演会が無事終わりました!2014年11月23日 09時42分22秒

11月15日(土)はリボンの会20周年記念医療講演会が浜の町病院3階研修講堂で開催されました。当日は天候にも恵まれ、180名近くの参加者がありました。

半年前から告知し頑張ってきた甲斐があったと、運営スタッフ一同喜んでおります。ご協力頂いた先生方、メーカーの皆様、参加された皆様に心からお礼申し上げます。

そんなに盛会だったのにどうしてこんなに報告が遅いのかって?

それは管理人のPCが翌日に壊れてしまい、メーカーに修理に出していたからなんです(T_T)このPCはまだ新しく、壊れるなんて想像もしていなかったので、管理人は軽くパニックに...。

故障していたのは液晶パネルの部分で、中身には問題なくデータは全くそのまま初期化されずに戻ってきました。しかも保証期間内だったので無料でした。よかった~\(^o^)/

ここのところ忙しくて、バックアップを全く取っていなかったので一瞬青ざめましたよ、ホントに。皆さんもバックアップはこまめに取りましょう。

若者ならスマホからでも記事のアップは出来るのでしょうが、私にはとても長文は無理っ!大体こんな稚拙な文章でも、あっちを削りこっちを足しして、かなりの推敲を重ねているので時間がかかるのです。

話が講演会から逸れました、すみません<(_ _)>

講演会は2部形式で、1部が医師による講演、2部が患者・家族らのパネルディスカッションでした。

最初に、浜の町のイケメン(いらない情報?笑)中堅エース、齋藤統之先生が登場。「血液の病気について知ろう」と題して話して頂きました。

これは病気になって日の浅い患者さん対象で、話の内容も分かりやすくてよかったのですが、特に素晴らしかったのはパワーポイントによるお手製のスライドでした。

たくさんの講演会に行ってる管理人ですが、あんなの初めて見ました。先生方はお忙しいので、あれ?これどこかで見たスライドだなって思うこともしばしばですが、齋藤先生のはオリジナリティ満載でした。みんなレジュメが欲しいな~なんて言ってました。

講演の対象をどこに絞るかは悩ましい問題ですが、毎日毎日新しく告知を受ける患者さんはいる訳で、こういった基本を押さえた講演もやはり必要だと感じます。

次に、日本でもっとも有名な血液内科医のひとりで、心優しき薩摩隼人である虎の門病院の谷口修一先生の登場です。衛藤先生もプロフェッショナル~仕事の流儀~に出演されたと紹介されていました。故市川團十郎さんの主治医でもありました。

先生は虎の門病院に行かれる前は浜の町病院に在籍されていて、当時からリボンの会を支えて下さっていました。管理人が入会する前の話です(^_^;)

先生には「ここまで進んだ造血幹細胞移植」と題してお話し頂きました。細かい事はさておき、「今、移植が必要な患者にドナーが見つからないということはありえない。」と仰っていたのが印象的でした。

それほどドナーソースの選択肢が増え、移植の技術が進歩したからです。かつて骨髄バンクはとにかくドナーが足りない、増やせ増やせと頑張って来ました。もちろんたくさんのプールがある方がいいには決まっていますが、今やさい帯血移植の割合がそれをしのぐほどになっています。

さい帯血移植は体格の比較的小さい日本人に向いているので、日本で多く行われ技術が進歩してきました。虎の門病院で先頭を切って、この分野を開拓してきた先生の熱い思いがよく伝わりました。

参加者の感想にもありましたが、谷口先生という方は独特のオーラがあり、患者に安心感を与えるのだと思います。普通、患者にここまで腹をくくって物をいうことはなかなか出来ないことだと思います。

話の内容は初心者の患者さんにはちょっと難しかったかもわかりませんが、何かを感じて帰ってもらえたのではないかと思います。

休憩を挟み、第2部は「病気を乗り越えていくために~患者にできること、家族にできること~」と題したパネルディスカッションがありました。

患者3名、家族1名、アドバイザーとして衛藤先生、宮地代表、司会の7名で進めました。

これには管理人も初めて顔と名前を公表して家族の立場で話をさせてもらいました。18歳の初発時、私は病気が息子の将来にとって不利益になると考え、匿名で活動してきましたし、必要以上に世間に言うことはありませんでした。

昨年再発して会社に病気のことが知られ、また本人もフェイスブックでカミングアウトしたこともあり、少しずつ世間に向かって発信してゆく気持ちになりました。

とはいえ、病気は息子の個人情報であり、私の一存では決められないので、今回も息子にパネラーになってもよいかと尋ねましたら、快く了承しましたので出させて頂いたのです。

緊張してうまく思いを伝えられたかわかりませんが、自分の気持ちの整理のためにも参加してよかったと思います。

今回講演会の感想カードを作成しませんでしたので、参加者の生の声があまり聞こえてきません。このブログを読まれた参加者の方がいらしたら、コメントに感想を頂ければ嬉しいです。

副題が「~泣いて、笑って、寄りそって・・・ひとりじゃないよ~」だった今回の講演会、いかがだったでしょうか?自分は決してひとりじゃないという思いを胸に帰途につかれた方が一人でもいらっしゃれば幸いです。

まだ時期は決定していませんが、次回の定例会にぜひいらして今度は自分の思いをそこで話してみてください。心が軽くなりますから。