移植後7年経ちました!2020年06月11日 09時32分54秒

今月でさい帯血移植を受けてから7年経ちました。

とここまで書いて重大な間違いに気づく。
確か去年も7年って書いたような...調べるとやっぱり間違ってる。
去年で6年だったんだ。今訂正しましたm(__)m

毎年この季節にはさい帯血を下さった母子の方に心から感謝する。
どうか幸せな人生を歩んでいらっしゃいますようにと祈る。

でも年数を間違えるくらい日常生活には緊張感が無くなっている。
去年書いたこと以上に回復もしていないし悪化もしていない。
もちろん再発もしていないしコロナにもかからず普通の生活が送れている。

とここまで書いて面白いことに気づく。
世間の皆さんが今の状況を普通じゃないとか
普通の生活のありがたさががわかるとか仰っていることにピンと来ない自分がいる。

移植患者や家族にとって移植やその直後があまりにもストイックすぎて
現在の生活はその延長線上にある当たり前の生活だということ。

コロナだから気を付けるということはなく今まで通りの衛生習慣を保っている。
もう何年もきちんとやってきたことだからね。
今は自分たちだけでなく周りの人もきちんとやってくれるから助かっているくらい。

移植によって色んな病気の抗体を失った息子以外にも気をつけなきゃならないがんサバイバーの家族はいるし、がんじゃないけど私自身も意外な持病でハイリスクなんだって最近知った。

みんな必要以上に神経質にならずにいい習慣を淡々と長期戦で続けていってください。
それが自分を守るし私の息子のような弱者を守ってくださることになるのだから。

息子の定期受診2019年12月14日 09時59分38秒

池江璃花子さんの近況が伝わってこないのはすごく心配。
まさか移植の方向でドナーを探しているなんてことないよね!?

でもこの沈黙は別の意味で、マスコミに追いかけられずに
静かに自宅で療養に専念出来ているのなら嬉しいのだが。
いい方に考えることにしよう。

さて半年に1回の息子の定期受診、1人で行っているのであまり気に留めなくなったのだが
今回はひどく遅く帰って来た。

さすがに「何も異常なかったよね?」と聞くと
時々出会う移植患者の方と偶然会い、オシャベリに花が咲いたそうだ。

その人は移植後にまさかの自然妊娠、子どもを2人も生んで
シッカリお母さんをやっているそうで、大変だけど昔より体調がいいと言ってたとか。

スゴイね!こういう話を聞くと嬉しい(*^_^*)

最近原稿の依頼が来た。
全国骨髄バンク推進連絡協議会が発行する「白血病と言われたら」という本に数年前執筆したのだが
この度第6版を出すので「前回からのその後~編」みたいなものを書いて欲しいとのこと。

何も勿体ぶるわけじゃないけど、今は患者会活動からも離れているし
医学の進歩が目覚ましい割には講演会にも行けていないしで
二の足を踏んでいたのだが、結局はお引き受けすることにした。

まあ、普通の患者の母親の気持ちはいつの世もあまり変わらないと思うから
その視線で書いてみる。

この締切までが短い上に、もうひとつテーブルコーディネートの雑誌の方の締切も
抱えているので超忙しく、今年の大掃除はこれ幸いと手抜きすることにした(^_^;)

年明けて2月に東京ドームのテーブルフェアフェスティバル
3月には福岡マリンメッセのテーブルコンテストと大きなイベントが目白押し。

私がこんな飛び回っていられるのも息子と夫が元気なおかげであり
助けて下さった医療関係者の方々のおかげだと感謝しつつ
今年も暮れていく。

掲載延期2019年09月02日 16時05分48秒

西日本新聞の30日朝刊には別の方の記事が載っていたと思う。
というのも前日に連絡があり息子の記事は延期される旨を知らされた。

次回掲載日は未定だがまた連絡があればここで告知する。
わざわざ買って見てくださった方がいらしたら申し訳ない<(_ _)>

それとは別に、8月末日息子は今年も未来プロジェクトへ出かけ
体験談を未来の医療従事者たちに熱く語って来たそうだ。

私は東京へ遊びに行ってたので全く関知していなかったのだが
本人曰く今までで一番うまくしゃべれたそうである。

こんな事が上達しても仕方ないが聴衆にとっては下手な話を聞かされるよりはマシだろう。

息子は何か意義のあることを1年に1回することは生き延びた者の使命だと考えているのだろうと思う。

母は生き延びた者が存在するという事を知ってもらうだけでも充分に使命は果たしていると思うよ。

妊孕性についての取材2019年08月15日 09時05分45秒

数日前リボンの会の友人を通じて紹介された西日本新聞の方から電話取材を受けた。今回はAYA世代の妊孕性(にんようせい)がテーマらしい。

そもそもは息子に依頼が来たのだがなんせ本人の記憶が飛んでしまっている時期のことなので補完するため立ち会いの形で私も同席する。

記者の方はこのブログを予め丁寧に読み込んでくださっていたので取材はスムーズに進んだ。

白血病や移植そのものがテーマではないので、他の病気治療で不妊になられた方も対象だろうが果たしてどんな記事になって来るのか?

一応匿名にはなっているが年齢などは出るらしい。

8月30日社会面、購読していないので忘れずに買いに行かなくちゃ!

まさかの骨折?!2019年06月07日 16時23分21秒

7歳になったのを喜んでいたのもつかの間、ここ3週間ほど長引くに咳に苦しめられている息子。

耳鼻咽喉科や内科をハシゴし、抗生剤を出してもらったり咳止め痰切り各種飲んでみたが一向によくならず、眠れない夜が続いていた。

そしてとうとう一昨日、バキッという音と共に脇腹に激痛が!あまりの痛さに悶絶していたが翌日整形外科で骨折と診断された。しかもひびどころではなくしっかりポッキリ折れていたらしい。(年寄りか!)

只でさえ細い息子の身体に巻きつけられた白いバストバンドの痛々しさったらない。涙が出そう(T_T)

しかも今も咳が出る度に悲鳴を上げているので私たち家族もたまらない。1週間の休みがもらえたのでなんとかこの咳を止めたい。

CRPも若干高いし何かに感染しているのは間違いなさそうだが、熱はなくただただ鼻と咳が止まらない。食欲はあるがごはんが食べにくいのでゼリーや麺類が多く栄養も偏りそう(-_-;)

本当に7年経ってもいろいろ起こる身体の弱い息子なのである。移植時のステロイドのせいで骨がもろくなっているのかな~?

移植後6年経ちました!2019年06月03日 09時43分09秒

息子は今月で新しい生命をもらって7歳を迎える。
いつもながら臍帯血をくださった方、医療スタッフ、精神面で支えてくださった色んな方々に感謝する月である。

奇しくも昨日池江璃花子さんの順調な治療ぶりがニュースで流れて少しほっとする。それでもまだALLなら地固め療法が残っているだろうにちょっと無理してるかな?とも思う。

と同時にやはり超一流のアスリートというものは強い精神力を持っているものだなと感心もする。息子なんかこの頃はまだグダグダで歩くのもやっとだったように覚えているから。

このまま順調に治療の全過程を終えられ、一時退院じゃなく本当に退院して、食べたい物を食べ行きたい所へ行ける生活をまず取り戻して欲しい。

もちろん選手生活に復帰することが本人の強い希望なら、それは普通の生活を取り戻してからのこと。それまでは国民の期待なんて無視しちゃってください。

そして無理して息子のように再発→移植の道を辿ることのないよう心からお祈りしています。

7歳になった息子はほぼ普通に暮らしているが虚弱という点では無理出来ない。今も咳が3週間以上続き夜が眠れない生活だ。なにか体調を崩すと長引き体力が落ちる。免疫力が弱いんだな、いつまでも。

GVHDなのかヒルドイドは手放せないし体重も食べても食べても増えないガリガリくんである。

それでも仕事には出かけているし趣味のテニスも人工股間節ながら細々続けている。有難いことだ。

今年こそは誰かといい出会いがないかな?と願う欲深い(笑)母である。

息子の抗体検査2019年03月02日 13時17分02秒

最近のはしか流行のニュースを聞いて数ヶ月前に息子は抗体検査を受けていた。移植患者は以前持っていた抗体のほとんど失っている可能性が高いから。

今回は取り敢えず麻疹と風疹。もちろん自費で打たなければならないのでたくさんは無理(^_^;)

結果やはりほとんど抗体はなかったのでこの2種の混合ワクチンを打つことにした。一般でも打てるが、既往歴を散々聞かれ怖がられて拒否されることもありうるので、やはり移植した病院で打ってもらう事にした。

1回では定着しないので2回接種することになった。それでもつかないこともあるそうだ。一応やるだけはやってみる。

池江さん、もう治療が始まっているだろうな。息子と同じALLなら今頃は相当苦しいはず。何も情報が流れて来ないのはいい事だ。そっと見守るのが一番いい応援の仕方だから。

本当に心許せる家族や友達だけが周りでサポートするのがベストだから、外野は静かにしていよう。

何かしたい気持ちがあれば献血や骨髄バンクへの登録、または寄付などで表してください。回り回って池江さんを助けることになる。きっと!

人工股関節になって丸3年2019年02月20日 16時55分47秒

移植後にステロイドによる大腿骨壊死になり人工股関節術を受けた息子の1年ぶりの定期受診の日。

もちろん息子一人で出かけ、レントゲンを撮って帰って来た。
結果は異常なし。

待ち時間の長さに閉口してどこか開業医を紹介して欲しいと言ったら 次の受診は2年後でいいからこのまま手術をした大学病院にずっとかかるように言われたらしい。

私としてもその方がいいと思う。
またデータの引き継ぎとか大変だし経緯を知っている病院の方が何かと都合がいいから。

特に気になる事はいまのところないが、人工股関節の寿命があと何年あるかだけが気がかりである。
うまく行けば20年くらい持つのではないかと言われているが活動量に個人差もあり何とも言えない。

ま、長生き出来てさえいれば、再手術なんへっちゃらだから、股関節より自分自身の寿命が長いことを祈る。

それにしても池江さんはどうしてるのかな?急性だとわかったらもう即治療が始まってはずだけど...

気にはなるけど静かに心の中で応援していよう。
一番つらいのは本人なんだから。

この数ヶ月のこと、あれこれ2018年10月11日 19時49分53秒

前回ブログを更新した直後に実家の父が亡くなった。ちなみに父は血液疾患ではない。87歳だったので年に不足もない。4月にフライングして米寿&ダイヤモンド婚の祝いを開いていたのでホッとした。まずはいい人生だったのではないかと思う。感謝。

次に息子だが9月の検診も無事クリアし、めでたく実年齢の誕生日を迎え33歳になった\(^o^)/初発が18歳だから白血病との付き合いは15年になったんだな~。

ピカピカに元気だった年月に、病気と共に生きる事になった年月がどんどん追いついて行く。じきに抜かれてしまうのだろうが、取り敢えず生きていることに感謝。

血液内科は次回まで3ヶ月おきだが、その次からは半年に1回になるらしい。循環器の方は薬の関係上3ヶ月に1回のペースを変えられないのだろうな。

ここのところリンパ腫に動きのなかった母にちょっとした変化があった。今回の定期受診で久々にCTを撮ったら、今までになかった腫れが回腸に出来ていた。

すでに3年前に縦隔に再発が認められていたのだが、QOLに影響が無かったので無治療経過観察を続けていた。今回も様子見かと思われたが先生が一応PETを撮った方がいいと診断されたので久しぶりに撮りに行った。

結果が出るまでに福岡に滞在できないので何とも落ち着かない気分だが明日実家へ送っていく。

さてPETに反応するか?何か別の物で全く問題ないのか?

加齢による大動脈弁狭窄症で心房細動のある母なので、どうせ強い治療は出来ないだろうが、初発の時のように通過障害が起こり食べ物が食べられなくなる事だけが心配。

現在の母は何でもよく食べ、ビールも毎日飲み、そんな気配は微塵もないので杞憂であることを願っている。

今月でやっと5歳になりました!2018年06月16日 10時05分47秒

息子の血液内科受診に本当に久しぶりに行ってきました。主治医の先生とお会いのは母の受診日以来なので3ヶ月ぶりくらいかな。

先生に「ようやくここまで来ました。」と言うと、先生もある意味感慨深げでした。私が「記念に骨髄穿刺でもやる?」と脅すと息子に激しく拒否され、先生も「まあ本人がそういうなら血液データに変化はないので大丈夫でしょう。」と仰ったのでいいことにしましょう。

ここから3ヶ月に1回のペースで数回、その後順調なら半年に1回の受診に間隔を少しずつ空けて行きましょうとのこと。

5年経った移植患者の日常は週4~5日の短時間勤務と週2回のテニススクール通いでそれなりに充実。時々は高校や大学時代の友人との飲み会へも行く。

月数日の家業の手伝いとほぼ毎日の食器洗いと洗濯物たたみと気が向いたら掃除を責任持ってやってもらっている。

これらは生活費を納める代わりに課している最低限の同居人ルールなのである。しかも将来バリバリ稼ぐ女性と結婚でもしたら主夫をやるかもしれない(母の妄想?!)ので、そのための大切な訓練でもある。

なんとかこれでギリギリ、無理せずに僅かな社会保険料と厚生年金が払える生活だ。元気な30代の男性からすれば遊んでるみたいに思われるかもしれないが、親としては充分である。

生きてるだけで丸儲けとは思うものの、母の妄想が現実になってくれたら嬉しいな~(*^_^*)

5年前にさい帯血をくださった親子ドナーさんがどうか健康で幸せでありますように!と今年も心の中で手を合わせています。

リボンの会のメンバーや応援してくださっている皆様にも心から感謝しつつ、また次の1年を生き延びてくれたらと思っていますm(__)m